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携帯電話と人命救助

携帯電話の通話可能エリアの拡大も科学技術の勝利の一例であろう。

医学が人命救助と関係していることは連想しやすいが、携帯電話が人命救助と関係していることは連想しにくいかもしれない。

しかし、たとえば緊急事故に会った人、山で遭難した人などが、携帯電話で助かったことがあるのではないだろうか。

携帯電話の技術が、人命救助に結びつく可能性があるだろう。

衛星技術等によって、全世界が携帯電話で結ばれると発展途上国の人々の人命救助に役立つ可能性があるだろう。

携帯電話によって色々な情報を手に入れられるような地域を地球に広げていくことは人命救助に貢献することになるのではないだろうか。

科学技術への感謝の気持ち

科学技術への感謝の気持ちが重要だと思います。

科学技術の発展は、人命救助につながっていくばかりではなく、多くの人生の悲惨さを緩和します。

平安時代の人は、疫病、飢餓、戦乱、あまりにも早い死や愛する人との別れなど多くの人生の苦しみにさらされていました。

平安時代の人から見れば、現代は夢のように恵まれた時代に思えるでしょう。

現代人は科学技術への感謝の気持ちを毎日感じるべき立場にいるといえるでしょう。

多くの人が科学技術への感謝の心を毎日感じることが、日本の科学技術の発展に向けての確かな石杖となるのではないでしょうか。 

余命の大切さ

余命がわずかな人の話を見た。余命がとても大切であることは多くの人が気づいていない。

科学技術の発展により余命を伸ばしていくことが大切である。

平安時代には、平均寿命は10歳代であり、多くの人が成人を迎える前に死んでいった。

科学技術の発展がもたらした余命に感謝すれば、科学技術の大切さが分かると思う。

科学技術の発展は、多くの人の余命を引き上げていく。

科学技術の発展に向けた努力は、多くの人命を救助することにつながっていくであろう。

医者は理系か文系か

医者は理系か文系かという疑問があるかもしれませんが、一般に医者は理系とされています。なぜ医者が理系なのかについて考えてみます。

人体は物質でできており、物理、化学、生物学の法則に従います。また、人体に影響を与える薬、化学物質、治療機器、診断機器なども、物理、化学、生物学等の法則に従っています。

病院に行けば、薬だけではなく、様々な治療機器、診断機器、器具、化学物質などが使われており、理系の諸学問が医学に大きく貢献していることが分かります。

また、医学は、物理学、化学、生物学の発展の影響を受けます。たとえば、物理学がなければ、X線CT、核磁気共鳴画像法(MRI)、放射線療法などは生まれないでしょう。化学がなければ、各種の治療法は生まれませんし、そもそも人体における薬物の代謝の仕組みも解明できません。

このように、科学技術全体と、医療とは密接に結びついているということができるでしょう。

医者が、科学技術の諸分野の成果を、医療の現場に積極的に取り込んでいくことが、人命救助につながるのではないでしょうか。

科学技術の発展と人命救助

科学技術の発展よりも文化の発展の方が人命を救助するという意見もあります。しかし、本当にそうでしょうか。

科学技術の発展は、多くの人命を救助してきました。

アフリカの文化が他の地域の文化より遅れているとは必ずしもいえないでしょう。しかし、アフリカの科学技術は遅れています。

日本の江戸時代の文化が、当時の西洋の文化より劣っていたとは必ずしもいえないでしょう。しかし、日本の江戸時代の科学技術は遅れています。

日本の江戸時代の平均寿命は20歳台のようです。

たとえ優れた文化を持っていても、科学技術の発展度合いが低ければ、人命は失われます。人間の体が物質で出来ている限り、科学技術の人命救助における役割は大きいと思われます。

平安時代の文化が、現在の文化より劣っていたとは必ずしもいえないでしょう。しかし、平安時代の平均寿命は、10歳台のようです。

優雅に人々が暮らしていたなどというイメージは必ずしも正しくはないでしょう。生まれた子の多くは成人前に死に、成人後も疫病、飢饉などで人々は死んでいったのです。

科学技術関連人材による人命救助

科学技術関連人材による人命救助は、理系の地位を向上させる一つの動機になるであろう(http://rikoukei.com/douki.html)。

理系の中で、医師の地位が高いのは、人命救助の観点から、医師の地位を高くするという社会的コンセンサスがあるからと思われる。

医師の地位向上は、優秀な人材を医師に集め、それが人命救助の確率を高める。すなわち、医師の地位向上により、人命救助がなされる。

問題は、医師以外の理系の地位を高くすることが人命救助にとって効果的なのかである。

医学は、人類の科学技術の体系と無関係に存在するわけではない。医学の進歩は、理学、工学、薬学、農学など色々な科学技術の分野に支えられている。

優秀な人材を理系に集めることが、科学技術の発展による人命救助にどの程度有効であるかは、研究課題となるだろう。

300年程度の時間規模で見ると、科学技術の発展を抑圧した社会は人命救助の点からかなり不利になるだろう。

たとえば、江戸幕府が現在でも続いていたら、今でも多くの人が疫病や飢饉におびえなければならないかもしれない。

江戸時代の平均寿命は、20歳台といわれている。現在であれば救える命も、江戸時代では救うだけの科学技術力がない。

江戸幕府が医者だけを優遇し、士農工商で、技術者を冷遇した場合、丸薬の作り方は進歩しても、電子顕微鏡やX線CTなどは生まれない。

医者だけではなく、幅広い科学技術分野の人材の地位を向上させることが、長期的には人命救助となるのではないだろうか。

この点についてはさらに研究を進めていく必要があるだろう。

花粉症解決と理系の力

人類は科学技術の進歩により多くの疾病を克服してきた。しかし、花粉症は克服されていない疾病であり、日本に蔓延している。

花粉症に対して理系なしで対処できるであろうか。それは難しい。花粉症の解決には、理系の力が必要である。

花粉症の治療など医療関係の理系ばかりではない。広範な理系を支援して、科学技術の力により、日本から花粉症を大幅に減らすことが重要であろう。

1.花粉発生源に対する抜本的な対策 林業関係の理系の支援
2.花粉発生の少ない品種の改良 農業関係の理系の支援
3.花粉に対する防御品の支援 マスク等を開発する理系の支援
4.花粉に対する情報産業の支援 花粉情報などの理系の支援
5.花粉に対する電気製品の支援 空気清浄機等を開発する理系の支援
6.花粉に対する建築の支援 花粉の少ないビルを建築する理系の支援

など多くの分野の多くの理系の支援が必要となるだろう。

新型インフルエンザ対策への戦略的資金投入

新型インフルエンザ対策への戦略的資金投入が重要ではないだろうか。

パンデミックが起こった場合の予想される死者の数からして、戦略的資金投入をして少しでも多くの人命を救助することが重要と思われる。

新型インフルエンザのパンデミックが起こったときの死者はおそらく莫大なものであり、それに戦略的に莫大な予算を投入しないというのは不合理に思われる。

日本は危機が実際に起こらないと動かない面がある。しかし、危機が起こってからでは遅すぎるのではないか。先を予想して、戦略的に予算をつぎ込み、研究と対策を行なうことが人命救助につながるのではないか。

人類は、新型インフルエンザに理系なしで立ち向かえるだろうか。それは難しいであろう。理系がいなかったら、新型インフルエンザになすすべがなくなってしまう。広範な理系による対策が必要なのではないか。

たとえば、都市も新型インフルエンザのことを考えて整備する必要があるだろう。建築の分野もそうである、食料の備蓄室などのシステムも必要だろう。ライフラインや物流も、新型インフルエンザのことを十分に考えて対策を立てるようにする必要があるだろう。

このような対策に、戦略的に研究予算をつぎ込んでいくことが重要だろう。それにより、感染が1%減ったとすれば、仮に死者が50万人の場合、5000人もの命に影響してくることになる。

戦略的な資金投入により理系の人々の力を結集し、新型インフルエンザの総合的な対策を考えなければならないであろう。医療だけではなく、パンデミックの際の物流、交通、建築、通信などの対策を進めることで、感染の広がりを1%抑制しただけでも、相当の人が助かるだろう。

医療の分野だけではなく、色々な分野に従事している理系が、新型インフルエンザのパンデミックを想定して対策を進めることに対し、戦略的な予算の投入をすることにより、死者の数を少しでも減らすことが重要であろう。そのために理系の果たす役割は大きいだろう。

科学技術の進歩への感謝の気持ち

科学技術の進歩への感謝の気持ちが重要ではないだろうか。

インターネットや携帯電話が使えることはもとより、環境技術の進歩、各種の新製品の登場、各種のサービスの進歩など多くの恩恵があるだろう。

そして、医学の進歩への理系の貢献がある。新しい治療法により治癒率はアップしている。新薬のみではなく、治療機器、治療器具の改良などによっても、治癒率はアップしている。

科学技術の進歩への感謝の気持ちが深くなると、科学技術を支える科学技術関連人材への感謝と興味も大きくなるのではないだろうか。

人間は支えあって生きているという事実が、数多くの目に見えない理系の人々の科学技術への貢献によって支えられていることをすべての人が意識したとき、日本の科学技術の飛躍の年が訪れるのではないだろうか。

脚気と結核 − 2大国民病の克服

脚気と結核が2大国民病であった時代がある。日本人の多くが、脚気と結核によって死んでいった。エイズなど現在恐れられている治療の難しい病気よりも、はるかに多くの日本人が脚気と結核によって死んでいったのである。

現在では、脚気と結核でそんなに多くの人が死んだのかいぶかしく思う人もいるかもしれない。現在の2大国民病を強いて挙げれば癌や心臓病ということになるであろう。癌や心臓病で多くの人が死ぬことをいぶかしく思う人はいない。

しかし、将来の日本において、なぜ癌や心臓病で死んだ人がいるのか多くの人がいぶかしく思う時代が来なければならないだろう。

将来は、たとえば細胞の分化を制御できるようになり、癌が治るようになってほしい。また、たとえば血管を修復して心臓病を治すようになってほしい。

それらの技術がどこから来るのかは分からない。たとえば、iPS細胞など細胞の分化の基礎研究は重要であろう。しかし、多くの科学上の発展が、思いもよらない方向から来ることがあることは重要である。科学技術の全体的な発展が望まれている。

脚気と結核の2大国民病の克服という科学技術の輝かしい勝利を過小評価してはならないだろう。科学技術の発展による人命救助に向けて理系の貢献が望まれている。
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